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何よりも言葉(日本語)   (日本語の音韻)  (暦月名

言葉はあらゆる思考の礎
 大学生の学力低下が取沙汰される様になって久しくなります。取分け、数学や理科の学力低下が目立ち、これを危惧する書物が数多出版され、彼方此方で議論が沸騰しました。今は多くの人が大学生(若者)の学力低下を認めざるを得なくなっています。何とかしなければなりません。
 数学や理科に限らず全ての教科内容は、言葉で記述され言葉で説明されます。最近多くの教師から「言葉が学生に通じない」という声が上がっていますが、要は学力低下の根っこに言葉の貧弱さがあると言うのです。小学校で学ぶ算数でも、計算問題より応用問題に弱い子が多い、と云うのは正にそれでしょう。問題文を読み取って立式する事が苦手なのです。事は学校の教科にとどまりません。人は言葉を使って思考します。言葉が貧弱なら貧弱な思考しか出来ないのは分かり切った事です。貧弱な言葉−思考−が学力以外の面に影響を与えぬわけがありません。

 人の考えや行動は全て頭(脳)の支配を受けています。若者の学力が低下し、体力が低下し(これも調査結果が示している)、倫理観が薄れている(周囲を見回せば納得される筈)とすれば、総合的な意味で脳の働きが低下したと言わざるを得ません。若者の学力低下を憂う声は若者の知能低下を憂う声なのです。



 2006.11.8(水)、NHKクローズアップ現代は「どうする若者の”日本語力”」と題して現代の若者言葉が貧弱で誤用が目立つ事に警鐘を鳴らしました。この番組に限らず、色々な雑誌やTVなどで近頃の若者が使う日本語に疑問を投げ掛ける記事や番組を目にする事が多くなっています。


「どうする若者の”日本語力”」 NHKクローズアップ現代 2006.11.8
 冒頭、ある大学生が書いた以下の文章が示された。

 ここ四五日のひえこみで、ていたいしていたさくらぜんせんが、ようやくほくじょうしてきた 今日東京でも、かいかがせんげんされた 作年より 五日おそくれいねんにくらべても二日おくれ、桜のめいしょ上野公園では、ライトアップされた、中にちらほら花が見えるていどだが、花子より男子と気温13゜のさむぞらのもと、早くも、えごうも、もようすグループが見られた

 漢字が殆ど使用されておらず、使われた簡単な漢字ですら間違っている(作年)。「花子より男子」は「花より団子」に違いない。団子が男子になっているのは、「花より男子」という漫画(かTV番組)に影響された所為であろう。「えごうも、もようす」は恐らく「宴会を催す」。「もよおす」は「もようす」と表記され、文章全体に読点はあるが句点がない。

 この番組では、3割の大学生が「憂える」「懐柔する」の意味を理解していないとも伝えていた。

 若者の言葉が怪しくなっている(この様な現象が若者に目立つ)としても、それが若者だけの筈がありません。それは社会全体の知力が低下している事の反映ではないのでしょうか。身近な所で、また新聞、雑誌、TVなどで見聞きする言葉に関して、気になる点を幾つか挙げます。



※「掲示、看板」

1) 無灯火運転をやめましょう − 無灯火運転は犯罪となります。暗くなったら早めにライトを点灯して、安全運転に心がけて下さい。
2) 店休日
 1)は何処がおかしいのでしょうか。2)は何年か前に或る大規模店舗で見掛けた看板で、極めて異様な感に打たれました。

※「宣伝文句」−  こんなものは日本語ではない、と見聞きするたびに不愉快になる宣伝文句の例。
1) 「うれしいを、つぎつぎと。 KIRIN」  キリンビール宣伝文句
2) 「そうだ 京都、行こう。」 JR東海の宣伝文句
3) 「死ぬまで飲ませる」を現実にする奴らがいる。 イッキ飲み防止連絡協議会 2003年度ポスター/チラシ
 それぞれ、1)相応しからぬ形容詞を用いた上に名詞化がなされておらず、2)助詞が欠如し、3)語順がおかしく不適切な語が使用されているのが不快感の因です。1)に付いては「気を引く為に意識的になされた事であろうが、それにしても怪しからぬ」と憤っていたのですが、近頃その考えを改めるに至りました。それは、KIRIN以外にも同様の言葉遣い(形容詞を名詞化せずに名詞使用)の宣伝文句を屡見かける様になったからです。こういう仕事をする人達の多くが既に美しい語感を失っているのに違いありません。悲惨です。さらに肝腎の言葉を扱う書物の題名にも怪しげなものが増えて来ました。

※「書名」−  著者(出版社)が違和感を承知の上で人目を引く為に使用しているのであろうとは思いますが、醜い言回しや間違った語法を目にする事の弊害にこそ目を向けて欲しい。
・「人はなぜ『美しい』がわかるのか」 橋本治、ちくま新書

※「新聞紙の見出し」など−  新聞(スポーツ紙の事では無く一般紙)に見られる見出しや記事の文章、言葉の間違いも一向に減る気配を見せない。寧ろ好んで誤用を勧めているのではないのか、と思われる程です。
{・図書館カモ シカたね  朝日新聞 2008.7.4. 富山・舟橋の図書館にニホンカモシカが闖入した事を報じている。下品な表現の見本。  2008.7.4. 追記}
{・CO2「見える化」、水道や交通も 排出権表示、推進へ   朝日新聞 2008.7.2. 経済欄。この醜悪な用語は一体誰の造語なのか。目を覆いたくなる。
 ・やっぱり すゲイ! 9秒68  朝日新聞 2008.7. 1. スポーツ面 (タイソン・ゲイの史上最速記録[追風参考]記事)この種の軽薄さには辟易します。    2008. 7. 3. 追記}
{・「もっと働く」への選択   朝日新聞 2007.5. 8. 社説見出し(仏大統領選の結果を受けて)    2007.5.21. 追記}
{・「危ない」をすぐ伝えよ   朝日新聞 2007.2.11. 社説見出し    2007.2.12. 追記}
 斯う云ふ物を目にすると、一般社会の知的水準が此処まで低下したかと暗澹たる気分に陥ります。大新聞?の社説なのです。
・「○○独壇場 初V」  朝日新聞 2006.11.20 スポーツ欄
 これが独擅場の誤用(土壇場という言葉に引きづられ、また壇上という言葉にも影響されて)であることは屡指摘されている。嘆かわしいと謂わざるを得ない。独舞台の積りならそう書けばよい。校閲係が居るのか居ないのか、言葉を知らない校閲係なら居る意味はなかろうに、それともそれで良いと居直っているのでしょうか。朝日新聞社は勝手に妙な漢字擬きを拵える事といい、言葉を粗雑に扱うことで有名な新聞社ですが、それにしても言葉に対してもっと謙虚になれぬものでしょうか。

 また、最近(2006年秋)高校生の必修科目習得漏れが問題になっています。ここでは事の良し悪しではなく、これを取上げた記事中のある言葉に触れて置きます。膨大な時間を補習にあてなければならぬ事から、負担(?)軽減措置として、未履修時間が70時間を超える場合は70時間の補習で構わない様にするらしい、と云う事を報じた記事の見出しに使われたのが
・「上限70時間」  必修科目の補習時間軽減措置に関して
 です。言わずもがなですが、上限とはこれ以上はないと云う事。どう考えても、最低これだけは補習しなさいという下限でしょう。新聞だけでなく、TVでも使われていました。本当に呆れてしまいます。これが罷り通るのは、人が普段の生活で如何に勉強を嫌っているか、如何に少ない勉強時間で済まそうかと常に考えているからで、それが学校に通う生徒達だけでなく大人達もだと云う事を示しているのです。開いた口が塞がりません。序に言っておくと、未履修70時間の場合は「50時間程度の補習+レポート提出」で良しとするらしい。これが頭にあって上限70時間という言葉で纏めて表現した積りになったのかも知れませんが、それにしても・・・。
・「を飛ばす」  ・「憮然とした」
 他にも沢山ありますが、最近目立つのが激励の意味で使われる 「を飛ばす」 です。激など飛ばせる訳がない。本来は「を飛ばす」であり、全く意味が異なります(辞書を引いて見ましょう)。この間違った言回しが広まったのは一時期の幕末熱に由来するのではないかと思っていますが、それにしても見っとも無い。何故「励ます」という普通の言葉が使えないのでしょう。  また 「憮然とした」 という言い回しを「納得いかず、不満気な、むすっとした」様子にあてるのが目立ちます。憮然にそんな意味は全くないのですから、ここは「不満気な」「不服気な」「納得いかぬ」「腹立たし気な」「忿懣やる方無い」などを使って欲しいものです。


 間違った言葉が多々使われるのは、先ず第一に書き手が辞書を引かない事にあるのでしょう。初めて見る言葉、聴き慣れない言葉に遭遇したら辞書を引けば良い。それだけの事でこんな誤用は激減するに違いない。誤用の多さは、現代日本人の多くが言葉を話し言葉(音)としてしか使えなくなっている事を示しています。日本語は欧州語の様な聴覚主体の言語ではありません。漢字で多くの言葉を表記する視覚言語です。その事を忘れたら日本語は滅びます。

 不思議でならないのは、これらの間違った言葉遣いが新聞紙上やTVで何度も何度も指摘されているのに、指摘をしたのと同じ新聞、雑誌、TV番組が平然と同じ誤用を繰り返す事だ。人は知らない事は幾らもあるし、間違う事も多い。当然だ。だから仮に若い記者が妙な原稿を書いたら直せば済む。見逃して記事になったとしても、それ以降気を付ければよい。しかし、同じ社内での誤用が分かっているのに如何して過ちを正そうとしないのか。何故是程迄に無頓着なのか。理解に苦しむ。

 2006年11月下旬 記

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