代表論文                         

 以下に紹介する代表的な学術論文は、教員の大橋が筆頭となったものからのチョイスに限っています。
 ゼミ生が筆頭となった良い論文もたくさんあります。

20代(1995年〜2000年)

(1)Yukitaka OHASHI and Hideji KIDA,2002:Local Circulations Developed in the Vicinity of Both Coastal and Inland Urban Areas― A Numerical Study with a Mesoscale Atmospheric Model.
Journal of Applied Meteorology,Vol.41,No.1 January,pp.30-45.


アメリカ気象学会の論文。大橋の博士論文の骨子となった。
 ヒートアイランド循環と海風循環の相互作用を調べた3次元理想化実験である。海岸に隣接する都市の実験がYoshikado(1990,1992)で報告されていたが、(1)の論文ではさらに内陸にも都市が加わって存在するケースを想定した。日本国内でも京阪地域など、沿岸部と内陸部に直線状に大都市が配置する地理的関係は珍しくない。
 風の循環パターンと大気汚染物質の流れ方の変化が数値シミュレーションによって確認された。海岸都市と内陸都市のあいだで、上空から内陸都市の地上に吹き込むような流れが形成される様子がみられ、この流れをその形状からchain flowと命名した。chain flowは循環の重ね合わせでできる流れよりも下降流成分が強くあらわれており、海岸都市から内陸に輸送される大気汚染物質も上空への拡散が通常よりも抑制された。
左段a,c:海に隣接する都市が一つ存在するシミュレーション結果。
右段b,c:海に隣接する都市に加え、30kmほど内陸にもう一つ都市が存在するシミュレーション結果。
上段a,bは13時の風の鉛直断面図、下段c,dは都市から排出されたパーセルの投影分布図。
上記論文のFig.4より。

所感:初の海外誌で不慣れなだけに、受理までかなり苦労した記憶がある。素朴な疑問から生まれた論文であったが、当時は京都に住んでおり、大阪と京都という2大都市が身近に感じられたからこそ思いついたネタであった。被引用数が最も多く現在でもなお引用され続けているのは、当時の私には信じられなかったであろう。それくらい、ちょっとした発想から生まれた研究だった。

     


30代(2001年〜2011年)

(2)Yukitaka OHASHI,Yutaka GENCHI,Yukihiro KIKEGAWA,Hiroaki KONDO,Hiroshi YOSHIKADO,and Yuichiro HIRANO,2007 : Influence of Air-Conditioning Waste Heat on Air Temperature in Tokyo Office Areas during Summer: Numerical Experiments using an Urban Canopy Model Coupled with a Building Energy Model.
Journal of Applied Meteorology and Climatology,Vol.46,No.1 January,pp.66-81.


アメリカ気象学会の論文。大橋がPD研究員としての仕事の成果であった。
 都市の地上気温に冷房排熱がどの程度寄与するかを調べた東京23区を対象とした数値実験である。近藤・劉(1998)と近藤(2005)によって開発された都市キャノピーモデルとKikegawa et al. (2003) によって開発されたビルエネルギーモデルを結合した数値シミュレーションをおこなった。平日と休日の電力使用の違いを考慮したモデル設定から、地上気温への影響が日中に1〜2℃生じていることを推定した。この研究結果によって、夏季の都市部の熱環境シミュレーションへのビル内エネルギー消費計算の重要性が示された。
左段a,b:平日に観測された地上気温(Observation)と、数値モデルで計算された地上気温(BEM)の比較。
シミュレーションは人間活動モデルをオンにしたBEMwrk、自動車排熱をオフにしたBEMwrk-nc、人間活動をオフにしたBEMnwk-ncの3ケース。
右段a,b:休日に対しての比較。
DryARDはメソ気象モデルのみで計算した結果。それぞれaは東京神田街区、bは日本橋街区での結果。
上記論文のFig.10および11より。

所感:博士課程を卒業し、つくばの産業技術総合研究所にポスドク研究員として就職した。そのとき任された研究テーマであり、産総研が開発してきた都市気象・ビルエネルギー数値モデルを本格検証した共同研究の成果論文となった。実際に東京のオフィスビル街で気象観測もおこなうという貴重な経験もでき、論文では数値モデルの検証データに使っている。当時はまだこの種の研究が萌芽段階にあったこともあり、貴重な機会となった。

(3)Yukitaka OHASHI, Hiroshi KAWAKAMI, Yoshinori SHIGETA, Hiroshi IKEDA, and Nobuko YAMAMOTO,2012: The phenology of cherry blossom (Prunus yedoensis “Somei-yoshino”) and the geographic features contributing to its flowering.
International Journal of Biometeorology, Vol.56 September, No.5, pp.903-914.


国際生気象学会の論文。生気象学の生物季節に関するフィールド観測で、院生達との共同研究。
 岡山平野内の街区公園に植樹されたソメイヨシノの開花日・満開日とその場所の気温の関係を調査した。その結果、最も開花が早かった都心部と逆に最も遅かった平野南部のあいだで10日もの差がみられ、同じ平野内でも開花の顕著な不均一性が明らかとなった。平野内の開花と気温、開花と黒球温度の相関をそれぞれ解析したところ、気温よりも黒球温度を用いたほうが高い相関が得られた。これは黒球温度がソメイヨシノの樹木または花芽の行面温度の特性により近いことが原因として考えられ、特に平野の北部よりも南部のほうで開花が遅い理由に冬季の風が恒常的に強いことで樹木または花芽の表面温度が上昇しにくいメカニズムが考えられた。
ソメイヨシノの開花日分布。
2009年3月に47カ所の街区公園で観察した結果。
上記論文のFig.6より。

所感:この論文はとにかく第二著者の川上昿史君が、文字通り足で稼いで貴重なデータを集めた。彼の地道さと有り余る体力のおかげで面白い結果を得ることができたと思う。日本ネタながら被引用数も少しずつ増えてきつつあるのは、ローカルなフェノロジーが世界的にも注目されている証拠といえる。

(4)大橋唯太・亀卦川幸浩・井原智彦(2011) 数値気象モデルを利用した屋外熱中症リスクの評価手法に関する研究.
環境情報科学論文集25, No.25 November,pp.335-340.

(5)大橋唯太・亀卦川幸浩・山口和貴・井原智彦・岡和孝(2010)数値気象モデルを利用した屋外活動空間の暑熱評価.
日本生気象学会雑誌,Vol.47,No.2 July,pp.91-106.


メソ気象モデルと都市モデルを結合しておこなった、屋外WBGTの数値シミュレーション。PDのときからお世話になっている方々との共同研究。
 大阪市を対象に、夏季屋外のWBGTを数値モデルで再現した。生気象学雑誌のほうでは、商業街区・住宅街区・大規模緑地の3種類の屋外空間に対してWBGTの数値シミュレーションをおこない、独自観測から再現性を定量検証した。一方、環境情報科学論文のほうでは水平解像度を500mとしたWBGTのメッシュマップへと発展させている。その結果、天空率の大きな街区ほど屋外の熱中症リスクが高くなる傾向が示された。

所感:20代のころから携わってきた都市気象・ビルエネルギー連成モデルを、熱中症の評価に適用した応用的研究。これらの研究では、都市域のWBGTをメッシュ・マッピングした見せ方に売りがある。この一連の成果が関連学会でも認められ、学会賞をいただく結果になった。こういった新しい研究を発表できるのも、古くから一緒に研究させてもらっている研究者の方々のおかげである。研究は、一人ではできない。その感謝の気持ちはいつまでも忘れないようにしたい。

     


40代(2012年〜2022年)

(6)Yukitaka OHASHI, Yukihiro KIKEGAWA, Tomohiko IHARA, and Nanami SUGIYAMA, 2014: Numerical simulations of outdoor heat stress index and heat disorder risk in the 23 wards of Tokyo.
Journal of Applied Meteorology and Climatology, Vol.53, Issue 3 March, pp.583-597.


アメリカ気象学会の論文。東京23区の熱中症ハザード・リスクマッピングの数値シミュレーション。(5)を発展させた研究である。熱中症発生率が区によって異なる地域の不均一性をモデルでも考慮して、熱中症リスクをマッピングしている。
 メソ気象モデルWRF-都市気象モデルCM-ビルエネルギーモデルBEMの結合モデルシステム内で屋外WBGTの1km分布を再現した。この論文では熱中症リスクを示す熱中症発生率を実際のモデルグリッドの昼間人口を使って表現しているのが特徴である。また、グリッド内の建物による日影と日向の場所でのWBGTの違いも熱中症リスクに反映させるなど、より現実的な評価を試みている。


所感:30代の頃から継続してきた熱中症リスクの数値シミュレーションの集大成。気象モデルの応用例を海外誌で発表することを目標に、まとめられたことが大きな成果であった。近年ではCFDなど、建物単体を陽に表現したリアルな計算事例も出てきているが、目的によってはこの研究のように都市全体を短時間にマッピングできる簡易システムも必要である。今後どのくらい被引用数が増えるかが楽しみな論文といえる。

(7)Yukitaka OHASHI, Takumi KATSUTA, Haruka TANI, Taiki OKABAYASHI, Satoshi MIYAHARA,and Ryoji MIYASHITA, 2018: Human cold stress of strong local-wind "Hijikawa-arashi" in Japan, based on the UTCI index and thermo-physiological responses.
International Journal of Biometeorology, Vol.62, Issue 7 July, pp.1241-1250.


国際生気象学会の論文。人の気候ストレスを直接測定した研究。愛媛県大洲市で頻繁に出現する「肱川あらし」という風速10m/sに達する寒冷風に屋外で曝露された人が、どのくらい寒さストレスを感じるか、人体の温熱生理量をリアルタイム測定することで明らかにした。
 肱川あらしが吹いた日と吹かなかった日の屋外ストレスが、UTCIという気候ストレス指標を使うと体感温度にして20〜30℃も違ってくることがわかった。また複数人の測定データからも、体表面温度、心拍数、血圧にも明瞭な違いが認められた。


(a)肱川あらしが吹いた日と吹かなかった日の橋上での風速変化と、(b)そのときの気温とUTCIの変化。
肱川あらしの日は、気温の低下量よりも体感温度に相当するUTCI指標の低下量のほうがはるかに大きい様子がわかる。上記論文のFig.4より。

所感:いであ株式会社を中心とするバイタル測定のノウハウをもった研究者に、人の生理量を直接測定する研究を誘ってもらえ、とても貴重な経験と新しいスキルを得ることができた。一方で、人を測ることや測定データの解釈の難しさも知ることとなったが、昨今の想像を超える気候変化に人が健康にどう注意し、対応していけばよいかを具体的に考えるきっかけともなったように思う。

(8)Yukitaka OHASHI and Makoto SUIDO, 2021: Numerical simulations of upslope fog observed at Beppu Bay in Oita Prefecture, Japan.
Meteorological Applications, Vol.28, Issue 3 May/June, e2003.


イギリス王立気象学会の論文。別府湾で濃霧をもたらす滑昇霧の数値シミュレーション。実際に濃霧で高速道路が通行止めになった事例を、メソ気象モデルWRFを使って再現し、この地域での滑昇霧の全貌と発生メカニズムを初めて明らかにすることができた。
 別府湾の海岸線と周辺の山地の配置が、温帯低気圧の通過などで豊後水道を南から流入してくる暖湿気流を呼び込みやすく、持ち上げ凝結高度の低い空気塊はそのまま山の斜面を這い上がる典型的な滑昇霧が再現された。


(左図)再現された別府湾から流入してくる風と山の斜面で発生した霧(赤い破線で囲んだ地域)の様子と、(右3つの図)水平視程と風の鉛直断面図。
滑昇霧は、上空の反対向きの風の場と鉛直循環を形成することで、別府湾の直上まで広がっている。上記論文のFig.6と8を改変。

所感:別府湾の滑昇霧を知ったのは、共同研究者の(株)ウェザーニューズ・出納誠さんがきっかけ。出納さんは大橋研究室のOBでもあり、一緒に研究を進めることとなった。この論文は査読対応にかなり苦しんだが、おそらく海外の霧研究の大家だとわかる有難い助言や指摘のおかげで、初稿よりも価値の高い論文までアップデートすることができた。

(9)Yukitaka OHASHI, Yuya TAKANE, and Ko NAKAJIMA, 2022: Impact of the COVID-19 pandemic on changes in temperature-sensitive cardiovascular and respiratory disease mortality in Japan.
PLoS ONE, Vol.17, No.10 October, e0275935.


メガジャーナルPLOS ONEの論文。大橋が代表となった科研費の研究課題で得られた成果の一つ。2020年は新型コロナ流行による人の行動変容によって、心筋梗塞や脳梗塞などの循環器疾患、肺炎など呼吸器系疾患による死亡率が顕著に減少した。これらの疾患の死亡率は、その年の気温によってある程度予測することができるため、もし通常の2020年であったならば、死亡率はどの程度になっていたかを気温から推定してみた。
 この研究結果は、特に高齢者のヘルスケアに役立つ情報を含んだ疫学分析であり、論文内容の詳細は、ぜひココをクリックしてほしい。


2010〜2020年 5・8・12月の(上段)脳梗塞および(下段)呼吸器疾患の死亡率と月平均気温の関係。
札幌市・東京23 区・大阪市での結果。新型コロナ流行時2020年のプロットに丸印をしてある。上記論文のFig.4を改変。回帰直線はコロナ流行前の2010〜2019年から決定され、破線の曲線はその95%信頼区間。

所感:これまで気象学とその周辺領域の学術ジャーナルに論文を投稿してきたが、いわゆる一般大衆ジャーナルに初めてチャレンジした。そしてこの論文が40代最後の論文となり、50代でさらに自分の研究分野とスキルを広げる意識が高まるきっかけになった。

     


50代(2023年〜2022年)

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