鳥浜貝塚から出土した咽頭歯

咽頭歯学講座   第2章  コイ科魚類の咽頭歯とは

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 コイ科魚類は,顎をはじめとする口の中(口腔:こうくう)にいっさいの歯をもちません.顎に歯をもたないと,餌をとるときに不利です. しかしコイ科魚類は口を閉じる時に上顎を突出させることと口蓋を持ち上げることで口腔内を引圧にして餌を吸い込むことができます.そのことによって顎に歯がないことによる不利を補っています.
 コイ科魚類の咽頭歯は咽頭骨上に生えて(生歯)います.咽頭骨とは5つ目の鰓弓(さいきゅう:弓状になった鰓(えら)を支える骨格)の下半分の角鰓骨が変形したものです.下の図はニゴイ稚魚の骨格を赤く染めて軟組織を透明化した標本を下から見たものです.咽頭骨が鰓の骨であることがわかります.その上に見えにくいですけれども咽頭歯が生歯しています.ちなみに1番前が顎弓,2番目が舌弓,3〜6番目が鰓弓で,7番目が咽頭弓です.
 


コイ科魚類の咽頭歯は通常1〜3列,列毎に5本までの歯が配列しています.しかし,4列のもの1列に8本の歯が配列していることもたまにあります.
 コイ科魚類の咽頭歯は,種類毎に歯の本数,配列,形が違っています.そのため種を同定するうえで重要なキーとなります.また,咽頭歯は化石としても残りやすく,種を決めるのことができる器官です.歯列の揃った咽頭歯が見つかれば,魚体の化石よりも多くのことが言えます.
 
コイ科魚類の咽頭歯の名称(成魚の場合)

 種内変異もありますが,種毎に歯の配列が決まっているわけですから,個々の歯を区別する必要があります.しかし,コイ科魚類は多生歯性ですから一生の間に何回も歯が生え替わります(代生する).個々の歯を区別することはできません.そこで,生歯している位置の名称によって歯を区別する方法がとられます.
 歯の位置の決め方は次のようになります.
 歯列の名称:内側から順にA列,B列,C列,(D列)とよびます.
 個々の歯の名称:各列毎に前から順番に番号をつけます.

 下の図はコイ(左)とソウギョ(左)の左側の咽頭骨と咽頭歯系です.図の左が前方で,手前が外側,奥が内側です.
 


A2歯と言う場合は,一番内側の列の前から2番目の歯ということになります.この定義は下記の論文で行っております.

Nakajima, T.,1979,The development and replacement pattern of the pharyngeal dentition in the Japanese cyprinid fish, Gnathopogoncaerulescens.Copeia,1979(1):22-28.

 
歯式について

 種毎に咽頭歯の配列が決まっているのですから,歯の配列を表す歯式があったほうが便利です.そこで咽頭歯の歯式は1列に何本の歯の位置があるかということを示す歯式が下記のように決められています.

 NLC, NLB, NLA-NRA, NRB, NRC

 NLCとは,左側C列の歯の位置数を表します.同様に,NRBは右側B列の歯の位置数です.

 1, 1, 3-3, 1, 1は,両側のA列に3つ,B列とC列に1つづつ歯の位置があることを表しています.ちなみにこれはコイ属の歯式です.4-4という歯式もあります.これはA列だけがある場合で,A列に4つの歯の位置があることを示しています.ちなみにこれはフナ属の歯式です.
 歯式についての定義は下記の論文で行っています.

中島経夫・曽根萬里・堀田善彦・加藤隆朗,1986,個体発生にもとづくコイ科魚類咽頭歯系の歯式と歯の記号についての考察.岐歯雑,25(2):463-470.
 

 
コイ科魚類の仔魚の咽頭歯系
 
 種毎に決まっている咽頭歯の本数,配列,形は,個体発生(赤ちゃんから成魚になるまでの過程)によって形成され,初めからできあがっているものではありません.歯式で表せる咽頭歯系は,稚魚(注)になってからです.仔魚(注)の間は成魚の咽頭歯系とはまったく違う咽頭歯系をしています.仔魚の時代の咽頭歯系を仔魚歯系と呼び,稚魚からの咽頭歯系を成魚歯系として区別しました.
 仔魚歯系では歯胚が次々に現れて,一見ごちゃごちゃに歯がならんでいるようです.しかし,よく見るとたいへん規則的に歯胚が現れ,咽頭骨に定着していくのがわかります.説明が遅れましたが,歯胚とは発生途中の未萌出の歯のことです.歯胚がどのような仕方で現れるかが,歯の分布の仕方を決めるわけです.
 仔魚では,孵化直後,1つの歯胚がまず咽頭骨に定着して最初の歯となります.その次に最初の歯の内側の前後の位置に1本づつ後ろから前に歯が定着していきます.次に内側に現る歯胚は,最初の歯の代生歯(交換歯ともいいますが代生歯と呼ぶ方が正しい呼び方です)とさらに前方位に歯胚があらわれます.言葉で説明すると難しくなるので下の図を見ながらその様子を理解してください.
 


 この図からわかるように仔魚歯系では,歯が複数の列に歯が並んでいます.この歯列は成魚の歯列とは異なります.もともとの歯とその代生歯による歯列が複数列に並んでいるように見えるのです.これを交換波(replacement wave)と呼び歯列とは区別しています.成魚歯系では,代生歯の歯胚が生長すると機能歯は歯のつけね(歯足部)が吸収されて脱落します.しかし,仔魚期には咽頭骨が急速に生長して大きくなるので,歯の生える場所(生歯面)も急速に拡大します.したがって,代生歯の歯胚が生長しても機能しの脱落がおこらないのです.歯の本数が少ないときは,1本でも歯を残しておこうという適応でしょう.
 また,仔魚歯系は成魚歯系のA列になることも明らかにしました.図からわかるようにA列は複数の交換波で構成されています.このことは仔魚歯系が複数のZahnreihenで構成されていることとかわりがありません.詳しくは下記の論文を参照ください.

Nakajima, T.,1979,The development and replacement pattern of the pharyngeal dentition in the Japanese cyprinid fish, Gnathopogon caerulescens.Copeia,1979(1):22-28.

注 卵から孵化したばかりの魚の赤ちゃんを仔魚,身体が鱗(うろこ)で覆われ,鰭(ひれ)の条も完成し,親の雛形になった魚の子供を稚魚といいます.つまり,チリメンジャコのシラスの状態が仔魚で,煮干しの状態が稚魚です.


仔魚歯系の歯胚の出現パターン
 
 成魚において1列の咽頭歯系をもつフナ属も,2列の咽頭歯系をもつタモロコ属も,3列の咽頭歯系をもつコイ属もみな,仔魚歯系では同じ歯の配列をしています.また,形もほとんどかわりません.しかし,歯胚の出現パターンにわずかな違いがあります.
 


 上の図は日本産のコイ科魚類で見られた仔魚歯系の歯胚の現れ方の4つのパターンです.円が歯の定着位置,縦方向の実線が代生歯群である歯族を表し,破線が交換波を表します.各図とも下が外側,上が内側,図の右が前方,左が後方です.円内の番号は歯胚の出現順番です.
 青いサークルで示した歯はどのパターンでも現れますが,緑のサークルで表した歯族の歯に変異が生じます.その変異によってA列歯の位置数が決定されます.また,この変異は種間の相違として現れますが,種内変異として現れる場合もあります.

実は,仔魚歯系は成魚の咽頭歯系のA列歯系になることがわかりました.さらに仔魚歯系には種内変異あるいは種間の相違としてのわずかな違いがあります.その違いは成魚歯系のA列歯の位置数の変異として現れます.そのことについて詳しく知りたい方は下記の論文をお読みください.

Nakajima, T.,1984,Larval vs. adult pharyngeal dentition in some Japanese cyprinid fish.Jour. Dent. Res.,63(9):1140-1146.


コイ科魚類の咽頭歯の名称(仔魚の場合)

 そこで最初の歯を基準に歯の位置を決めます.最初の歯の位置をCe0,それより後ろはPo1,Po2,Po3,・・・,それより前はAn1,An2,An3,・・・・とします.次に何番目の交換波のものであることを示せば個々の歯を区別することができます.そこで個々の歯を区別する式を次のように示すことにしました.

n-1[R]
nは交換波の世代,Rは歯の位置です.


0[Ce0]
で示される歯は,位置Ce0の第1交換波の歯で,最初に現れる歯です.下にA-typeのパターンで現れる各歯をこの式で示すと下記のとおりになります.

                  第7交換波      6[Ce0]       6[An2]

                  第6交換波  5[Po1]      5[An1]       5[An3]

                  第5交換波      4[Ce0]       4[An2]

                  第4交換波  3[Po1]      3[An1]       3[An3]

                  第3交換波      2[Ce0]       2[An2]

                  第2交換波  1[Po1]      1[An1]

                  第1交換波      0[Ce0]

 この定義は下記の論文を参照してください.

中島経夫・曽根萬里・堀田善彦・加藤隆朗,1986,個体発生にもとづくコイ科魚類咽頭歯系の歯式と歯の記号についての考察.岐歯雑,25(2):463-470.


B列やC列はどのようにできるの

 仔魚歯系は成魚歯系のA列(主列)になります.B列やC列の副列はどのようにできるのでしょうか.ウグイを例に副列の歯のでき方を下に示しました.

 
 仔魚歯系や,成魚歯系の各列では代生歯の歯胚は,必ず内側に現れます.仔魚期の終わりごろ,機能歯の外側に歯胚が現れ咽頭骨に定着します.これが副列歯です.副列歯は主列歯とは別の系の歯なのです.
 詳細については下記の論文を参照ください.

Nakajima, T.,1990,Morphogenesis of the pharyngeal teeth in the Japanese dace, Tribolodon hakonensis (Pisces: Cyprinidae).J. Morph., 205:155-163.

咽頭歯の研究から何が言えるかについては次章からです。

第3章 咽頭歯から何が言えるか Part A