肱川あらし                         

肱川あらしの強風を捉える

肱川あらしは、晴天日の夜間に発生しやすいことや、風下の谷地形が影響していることなど、いくつかの条件が明らかにされていますが、強風の原動力といえる気圧に関する定量的な分析はあまりわかっていません。

そこでこれまで大橋ゼミでは、他大学と共同で何度か肱川あらしの観測を実施してきました。
地上に気象測器を配置したり、気球などで上空の気象を測定したりなど、さまざまです。


                           重田祥範氏によって作成された図


人工衛星による観測からは、綺麗な扇状の風の吹き出しが確認されます。面白いのは、肱川からだけでなく周辺の沿岸部の谷地形からも、風の吹き出しが画像で見られる点です(規模は小さいですが)。
      



気象庁アメダスは地上約7mの風を観測しています。その近くにある高さ約20mの橋上で肱川あらしの風速を測定すると風速は明らかに大きくなります。
      



実際にパイロットバルーンによって肱川あらしの上層まで風の様子を観測してみると、最大で約200mほどの強風層と高さ150mあたりでの強風軸を確認することができました。このときの最大風速は20m/sを超えています。


                           重田祥範氏によって作成された図



肱川あらしの強風メカニズムを明らかにする

地上で気圧をしばらく測定してみると、肱川あらしが発生しなかった日は、風上にあたる内陸盆地と風下にあたる肱川河口のあいだの海面気圧差と風速は無関係でしたが、肱川あらしが発生した日にはそれらが明瞭に正の相関を示しました。わかりやすい目安として、2hPaの海面気圧差で8m/sの肱川あらしが吹きます。



大気現象の発生メカニズムを理解するためには、長期間の観測データを統計的に扱う必要があります。そこで、2017年11月から2018年3月までの5か月間に連続で肱川あらしが吹く谷筋の複数ポイントで気象観測をおこないました(岩手大学との共同研究)。その結果のひとつに、谷筋が最も狭くなる白滝と大和のあいだ(gap地形と呼ぶ)で気圧傾度が大きくなる日ほど、下流で発達する肱川あらしの風も強くなる性質が明らかになりました。




肱川あらしの強風による寒冷ストレスを知る

次に、肱川あらしの強風で実際に体感することになる寒さストレスを推定してみました。
ここで寒冷ストレスの指標としては、Wind Chill Temperature Index(WCT)を採用しました。この指標は、北米では寒冷ハザードのために利用されています。
肱川河口から10kmほど内陸の大洲盆地は、河口で肱川あらしが発生している時間帯は静穏条件に近くなります。すると、気温と体感温度はほとんど変わらないようでした。ところが河口では肱川あらしの強風のせいで実際に観測された気温よりも体感温度のほうが最大10℃も低い様子がわかります。




ごく簡単な人体数理モデル(2層モデル)を使って皮膚温度を推定してみました。実は気温は、肱川あらしが吹いている河口のほうが内陸盆地よりも高いのですが、皮膚温度は河口のほうが随分と低くなってしまいます。このことからも、肱川あらしの強風が人体に与えるストレス影響が大きなものであるとわかります。

      


このほか、世界的に使われている体感温度指標 UTCI(Universal Thermal Climate Index)や、血圧・心拍数・体表面温度などを実際に現地で測定して、肱川あらしの寒冷ストレスを調べています。



関連する学術論文

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天気, Vol.67, No.4, pp.225-237.

三浦 悠大橋 唯太・名越 利幸・那須川 徳博・黒坂 優・寺尾 徹 (2018)
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風工学シンポジウム論文集, No.25, pp.25-30.

Yukitaka OHASHI, Takumi KATSUTA, Haruka TANI, Taiki OKABAYASHI,
Satoshi MIYAHARA, and Ryoji MIYASHITA (2018)
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International Journal of Biometeorology, Vol.62, Issue 7, pp.1241-1250.

Yukitaka OHASHI, Toru TERAO, Yoshinori SHIGETA, and Teruo OHSAWA (2015)
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Meteorology and Atmospheric Physics, Vol.127, Issue 1 February, pp.33-48.

重田祥範・大橋唯太・寺尾徹・大澤輝夫(2014)
愛媛県大洲市沿岸部で発生する局地風“肱川あらし”の鉛直構造
天気,Vol.61, No.2 February, pp.91-96.


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